レプリカ

 純白のウェディングドレス。赤い花は心臓の上に。漆黒の髪に輝く黄石飾り。胸には青石飾り。紫石の小粒な指輪は左手の薬指に。耳には翠石の飾り。

「キミはいつでも美しいね」

 甘い声で囁く恋人。答える声はない。

「白い肌に赤い唇」

 優しく頬をなでるその指は硬く太く乾燥している。

「椿の油が良い匂いだね、それに胸元の薔薇も」

 空いている手でつやのある黒髪を梳き、黄石の飾りをそっと親指の腹で撫でた。

「…エンマッサ。こんなところにまで連れて来た私を許しておくれ」

 ガラス越しに口付けをして安置室を後にした。
 ハリバルは深いため息をつき、普段通りに眉間のしわを作る。咳払いをして息を整える。足取りは重たそうだが、表情は幾分和らいだ。

「遅かったな」
「……」
「そんなに大事か、俺の妹が…?」
「大事だ」
「俺より?」
「…嫌な事を訊くな」
「先週はチェニック、今日はエンマッサ。明日は誰を見せてくれる気だ? それとも、明日はお前とか…?」
「ジョンガン!」
「冗談だ、そう怒るな」

 少年の頃から本心は何一つ変わっていない。それはハリバルもジョンガンも同じで。何を犠牲にしたとしても、愛する者を失いたくはない。
 ただそれを守るために躊躇うことなく排除してきた。故郷も、人も、身分も、自分たちの関係も…。

「違うこと無き幸せ、叶えられないと思っていた夢の始まり。真の意味で、二人だけの世界。嬉しいものだな」
「この移住の意味を理解した上でそう言うのか」
「当たり前だ。お前はいい加減に昼間と夜間の考えを一致させろ。昨晩は悦んでいたくせに」
「…ずっと会うことも抱き合う事も出来ず、敵対関係を装っているよりは確かに幸福だ。だが、それが極端に短い事を身を以て知っている」
「短くとも一瞬でさえも幸せは幸せだ。あの亡き地ではあり得る事が無かった、シアワセだ」

 この夢の終わりをもたらす人物を、私とジョンガンは、ついこの間、裏切った。いや、計画自体は完璧に援助し、援助された。4人の女と、1人の謎めいた人物。亡き地では女性だったが、こちらで会った時には男性だった。
 彼らは必ずここに来て、ここで私たちと再会し、それ以降は二度と会う事も無いだろう。

「ハリバル?」

 ただ失いたくない。他はすべて偽物でも人形でも何でも良い、かまわない。まわりのものの全てが捨てても構わないものばかり。

「ジョンガン…」

 けれど、お前だけは、失いたくない。

 自分たちのレプリカは必要ない。共に死ぬことが目に見えているから。何より、レプリカで満足できるほどの想いでは無い。


次は「か」
放置申し訳ない
てかこれ大丈夫か?
from [Partner]

キアロスクーロの戯れ


「「おはようございます」」
「おはよう」

 朝焼けが空を焦がす少し前。じきに夜明けだというのに食堂へ下りてきた双子のヴァンパイアを迎えたのは、黒衣に身を包む妙齢の魔女だ。

「今朝は早いんですね」
「これから寝るところさ」
「「不健康な」」

 顔を顰め声を揃えた双子に、お前たちがそれを言うかと、魔女は肩を揺らす。
 双子は再び声を揃えた。

「「ヴァンパイアは元々夜行性です」」
「知ってるよ、そんなこと」

 機嫌の悪さが滲む声で答えたのは魔女ではない。いつからそこにいたのか、開け放たれた扉へ凭れかかるようにして呪屋が食堂の入口に立っていた。

「おや、珍しい」
「貴女がこんな時間に起きているなんて」
「僕だって好きで起きてるわけじゃない。それに、もう寝るよ」

 その言葉どおり、呪屋は食堂へ入ることもなく踵を返す。
 双子は互いに顔を見合わせ同時に肩を竦めた。一体何をしに来たんだと、魔女も首を傾げる。

「徹夜するほど大変だったのかな…」

 新たに話へ加わったのは、厨房から現れたエルフだ。

「主語」
「え? …あぁ、仕事ですよ。し・ご・と」

 魔女の発した言葉の意図が掴めず呆けたエルフは、少し遅れてそう返す。それに得心行ったとばかりに、他の三人は頷いた。

「「今度は誰を呪ったんだか」」

 嗚呼恐ろしいと、双子は心にもないことを言いながら揃って肩を抱く。

「ここでたった一人の《真人間》だっていうのに」
「もう少し《普通》っぽくできないんですかね、」
「「彼女は」」
「大体彼女は人間としての自覚が足りないんですよ」
「放っておけば平気で食事を抜くし」
「酷い時は睡眠もろくにとらない」
「しょっちゅう厄介事を持ち込むし」
「用事がなければ部屋から出ても来ない」
「この間なんて――」

 止まらなくなってきた双子のぼやきに、魔女はふとひらめいたような顔をして手を上げた。

「なら迎え入れればいい」

 言葉と共に生まれた魔力に、双子は口を閉じ魔女の手元を注視する。
 指先を覆ってもまだ長い袖の先からちらと覗いた爪は、マニキュアで黒く艶やかに息を止めていた。

「お前たちが考える《普通の人間》を、ここに」

 手首を軸にくるりと円を描いた次の瞬間、魔女の手に一つの鍵が現れる。魔力を使って空間を抉じ開けたとは思えないほどの鮮やかな手並みに、双子だけでなくエルフまでもが目を輝かせた。

「…どうする?」

 そ知らぬ顔で魔女が笑う。
 双子は顔を見合わせるまでもなく手を伸ばした。

「「思い知らせてやりますよ」」

 それは、朝焼けが空を焦がす少し前の出来事。




次は「れ」
ポップなプロローグにしようとして撃沈

くりかえしみた夢のつづき

 うっすらと外が明るみ出した頃。重たい体を起こして脇に置いていた紐で髪を結い上げる。青色がかった髪を手際良く上の方で一つにまとめあげた。

「起きたか?」

 部屋の窓の外から、聞き慣れた声が掛けられる。そうは言っても、実際は口頭での会話では無くて、彼の声は頭に直接話しかけてくるものだ。

「見たら分かるでしょ、それぐらい」

 寝起きで声が多少低くなって機嫌が悪そうだが気にする程では無い。

「今日の仕事は?」

 姿を見せない相手に問い掛けて、キッチンの方に歩いて行く。生活にいる最小限のものしか無い質素な部屋。

「あるにはあるが…」

 冷蔵庫から冷えているミネラルウォーターを取り出し口を付けた。他にあるものを見れば、野菜ジュースにコーヒーゼリー、チーズ、梅干し。朝食になりそうなものがない事は分かっていたが、さすがに買い物の必要性を感じた。

「…ちと厄介だ」
「厄介?」

 テーブルに置いてあるお菓子を口に放り込み、話をしている相手を振り返る。窓だ。そこには窓しかない。カーテンがきっちりと閉められた、窓。そのカーテンに映る、影。鷲の様な、しかしそれは鷹の影であった。

「彼奴が絡んでる、らしい」

 その言葉を聞いて、身体が何より先に反応した。緊張感が全身を走り抜け、自分の部屋だと言うのに珍しく戦闘態勢に入れるまで身体が準備を済ませていた。
 無論、彼奴と呼ばれた者がここに来る事は、現段階では有り得る事では無いのだけれど…。



「やるよ、それ」

 恐怖に身を震わせながらも、その言葉を紡いだ少女は楽しそうに笑っていた。
 夢にまで見ていた旧知との再会を何年かぶりに控えたその日の朝日は、眩しくなかった。



次は「き」
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