初めてその姿を目にした時は、本当に魔族の子供かと思った。そんなものがヨトォンヘイムにいるはずはないのだけれど、そのくらい、彼女は人間離れした魔力を有していたから。

「どこで拾ってきたの? それ」

 当然といえば当然の問いかけにも答えずに、貴方はただ彼女を傍に置いた。食事を与え、力の使い方を教え、剣の相手をし、それまでの根無し草が嘘のように住処を決めて。
 単なる気紛れだと思っていた貴方の周囲がざわつきだしたのも丁度その頃。以前とはどこか変わってしまった貴方を嘆いて何人もの同族が彼女を狙い、ある時は貴方、ある時は――信じがたいことだけど――狙われた彼女自身の手にかかり命を落とした。


 そうして誰もが、彼女が《特別な存在》であることに気付いた。


 私が本当の意味で彼女と出会ったのはそれから何年も経ってからのことだけど、あの日のことは今でも忘れられない。
 何百年かに一度、退屈を持て余してやってくる貴方のお兄様が彼女に目をつけて、貴方が留守の間に彼女を攫い、あまつさえ貴方を足止めするために罠を仕掛けた。《真名》によって編まれた切れるはずのない鎖を引きちぎってまで彼女の元に駆けつけた貴方は満身創痍で、そんな貴方に貴方のお兄様は初めて敗北する。
 リーヴと、彼女は貴方をそう呼んでいた。そしていつの間にか貴方の真名はすり変わっていたのね。本来真名であったはずの名は意味消失し、彼女が呼ぶリーヴという名だけが、貴方を縛る鎖となった。
 それはとても恐ろしいことだとあの時の私は思ったけれど、今はとても素晴らしいことだとも思えるようになったのよ。だって貴方たちの純粋で不器用な気持ちは、アースガルズの神をも退けたのだから。
 なのに貴方は彼女を手放してしまった。本当の意味で手放してしまったわけではないけれど、それまで一緒にいることが当然だったのに、易々と手の届かないところへ送ってしまった。

 彼女が本来いるべき世界、ミズガルズへと。

 彼女は泣きも喚きもせず、ただ貴方の言葉を受け入れてヨトォンヘイムを去った。でも私は知っているの。彼女は魔法陣に入ってから一度だって貴方から目を逸らしはしなかった。ただひたすらに、貴方だけを見つめていたのよ。
 彼女がいなくなってからの貴方はまるで抜け殻のようで、誰もが貴方の過ちを悟ったわ。なのに誰も、何も言わなかったのは、貴方の気持ちも十分に理解できたから。
 貴方の傍にいたから彼女は狙われた。同じ巨人族相手なら貴方も彼女を守ることができるけれど、相手が神だとしたら結果は分からない。貴方は確実に彼女を守りたかったのよ。だからなるべく危険から遠ざけようとした。危険、つまり貴方自身から。
 本当に愚かなことよ。貴方を慕う巨人族の誰もが貴方の隣に彼女がいることを暗黙の内に認めていたのに。貴方が一声かければ、きっと多くの同族が彼女のために力を揮ったはずよ。私たちは神を恐れたりはしないのだから。


『ウトガルド・ロキは死んだ!』


 そしてついに貴方は我慢できなくなって、彼女の後を追うようにヨトォンヘイムから姿を消した。私たちは声を上げて笑ったわ。そんなに心配なら初めから手放さなければよかったのにと、なんの嘲りも含めずに。
 残されたのは貴方を殺した気でいる若造と、彼女を知らない若輩と、貴方を慕う私たち、灰色の空。
 見守りましょう、いつまでも。貴方がもう少し《大人》になって、私たちに気付くまで。この灰色の空の下で祈りましょう、貴方と彼女がいつまでも一緒にいられるように。それまでは偽りの王の下で暮らしましょう。ですが心は貴方とともに。





 我等の王よ。





「魔女の棲む森」より巨人族の女・ノスリヴァルディ
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