見かけよりも長く生きているというのは厄介だ。なまじ――成り行きで、仕方のなかったこととはいえ――学校で学生なんてしているせいで、私の意識なんて関係なしに周囲からは《子供》として扱われる。本当は年下の先輩も、教師も皆そうだ。誰も彼もが私に《十六歳の学生》相応の接し方をしてくる。
 確かに、過度の期待を寄せられないのはありがたかった。だけど無意味な《子供扱い》は、人の愚かさを思い知らされるばかりで忌々しくもある。
 私はきっと、ここに《いるべきではない》存在だ。元々人ではないし、人であることを願ったこともないのだから、いつ強制的に人の世から排除されようと文句は言えない。言わない。でも心のどこかで人を羨ましく思ってもいる。
 このささやかな憧憬を、一握りの人間が犯す愚にもつかない《大人主張》に穢されたくはなかった。

「あるじさま、おじかんですよ」
「…先に行っててくれるかい?」
「はい」

 よって、必要に迫れれた私は結論付ける。

「私はもう少しここにいるよ」

 人は、付かず離れず眺めているのが丁度いいのだ。





 私を《あるじさま》と呼ぶ少女が校舎に消えて暫くすると、午後の講義の始まりを告げる鐘が鳴り、残っていた何人かの生徒も中庭から姿を消す。比較的隅の方で寛ぐ私は誰に見咎められることなく、その後中庭を通りかかった教授にも気付かれず穏やかな午後に浸った。
 だが、平穏というのは総じて儚いものだ。

「ヘニル、起きてる?」

 うとうととしていた所に声をかけられ、私は内心不機嫌になりながら目を開ける。俯いていたせいで視界に入った影は短く、後は伸びるばかりだろうが、夜へ溶けるにはまだ時間がかかりそうだ。

「ヘニル?」
「……起きてるよ…」

 少し、寝ぼけていたのかもしれない。

「頼みたいことがあるの」

 夜明け前、世界を包む霧の匂いがした。夜明けどころか夜さえ遠い今、そんなものあるはずがないのに。

「…君か」
「漸くお目覚め?」

 嗚呼、やはり私は寝ぼけていたのだ。ついさっき、私の目の前で微笑む少女が現れた時から、この場は《夜明け前》となっていたのに。

「私に頼みだって? 珍しいじゃないか」
「陛下からの勅命を受けたんだけど、一人で行くなって釘を刺されちゃって」
「騎士なら事足りているだろうに」
「生憎、黒猫は留守なの」
「それはまた珍しい」

 《白い黄昏》を纏う少女は、その言葉の通り黒い愛猫を連れてはいなかった。けれど、目に見える存在に頼らなければならないほど、彼女を守る存在は生半可な力の持ち主ではない。媒体たる猫は単なる威嚇と牽制だ。

「週末、付き合ってくれない?」

 自身も高名な《魔術師》である彼女に、そんなことがわからないはずもない。

「喜んで」

 必要とされることは心地良かった。高慢で自尊心ばかり強い神々とは違って、人は手を取り合うことの意義を知っている。
 私たちは、望まれた時にだけ力を揮っていればいい。想いは届くのだと人が信じられるよう、心を砕いていればいい。

「君の《騎士役》が出来るなんて光栄だ」

 だから私はここにいる。付かず離れず、居心地のいい距離を探してまどろみながら、いつだって望まれることを心待ちにしていた。

「貴方は立派な騎士よ、ヘニル」

 そしていつか、この証明の先、君が微笑んでくれることを願い続けている。




次は「ち」